NO.21辰巳浜子先生と食育
食育という言葉を頻繁に耳にします。食に対する心構えや栄養学、伝統的な食文化、食ができるまでの第一次産業を含めた、総合的な教育のことを意味するそうですが、最近の造語です。2005年に食育基本法ができ、学校、地域、産業界と国を挙げての大合唱です。国が旗振りをしなくてはならないほど日本の食は不安ばかりですが、この言葉、私には少々違和感があります。
今さら何を、ですが、「食の基本は農(漁業)にあり」、それを育むのは家庭と地域です。 40年前、NHKの「今日の料理」に出演していたことがあります。結婚前後の若い女性に料理の基本を学ばせるというテーマで、私と結婚前の若い娘さんが辰巳浜子先生から手ほどきを受けました。辰巳浜子先生は現在、スープで病人を回復する活動をなさっている料理研究家・辰巳芳子さんの母上です。
浜子先生は、私が今までお会いしてきた素敵な人の5指に入る方です。白髪で上品、ハキハキした明瞭な語り口、大きく生き生きした瞳。明るくユーモアを交えての番組進行は、スタッフの中にもファンが多かったようです。一回目は、ダイコン一本でいろいろな切り方を教わりました。切り方を学ぶのはダイコンが一番、ネギは難しいなどの話が思い浮かびます。その他内容はほとんど忘れましたが、今でも料理をしている時に先生の声が聞こえます。野菜や魚の扱い方、四季折々の草木のことなどです。
浜子先生著・中央公論社の『料理歳時記』は、初版が1973年、1977年に文庫版も出版されているロングセラーです。なぜ若い私が漠然と素敵な方と思ったのか、この本に答えがあります。食材に正面から向き合った料理方法、美味しさが匂いたつような表現。そこには自然への敬意、家族や自分が美味しいものを食べる喜びが感じられ、時には社会批判をちょっぴり入れて、本質を見極めたちゃめっけたっぷりの文がつづられています。作り方やレシピを紹介した料理本とは違った読み物です。ぜひ、ご一読をお勧めします。
四季折々の食材感が薄れ、栄養価の高い料理が作りやすく、簡単に手に入るようになったことが、食への敬意をなくし、声高に「食育」を言わざるを得ない状況になりました。浜子先生の生き方と食への取り組みこそ、「食育」の基本と思います。浜子先生は何とおっしゃるでしょうか?
私も、お会いした当時の先生の年齢に近くなりました。もっと積極的にお伺いすればよかったと、悔やまれてなりません。
(2009年11月 田舎の学校代表 田中直枝)